ひねもす俳句:入梅 2007年6月14日2007年6月14日 pure2 ひねもす俳句 くちなしの香に居住まひを正しけり /勝美 梅雨空の断片ここに潦(にはたづみ) /勝美 駐車場をあぶれて枇杷の熟るる下 /勝美 ピーマンのがらんどうめく夏座敷 /勝美 滝しぶき赤かぶ洗ふ百姓女 /勝美
>くちなしの〜 季節に律儀に咲く花の香りに気付くと、 なんだか、自分もちゃんとしたいなと思っちゃいますね。 >梅雨空の〜 にわたずみは“雨が降って地上にたまったり流れたりする水”だそうです。 なるほど、水たまりこそ雨空の名残ですね。 >駐車場を〜 これだけたわわになってると車によじ上って穫りたくなりますよね。 この場合、びわドロボウより、そのまま放置して、 びわを無駄にしてしまう持ち主の方が悪だと思います。 >ピーマンの〜 遠くから蝉の声が聞こえて来そうですね。 誰も居なくて、開け放たれたままの座敷。 小学校の夏休みにプールから帰って来たときの映像が浮かびました。 >滝しぶき〜 この赤かぶ、中に思いっきりスが入っていました。 一生懸命洗って、これだときっとお百姓さんもがっかりだと思います。 返信
梅雨入り前、クチナシの香りの中を散歩するのは最高です。 八重のクチナシもありますが、私は写真のような一重の花が好きです。 真っ白な花びらと葉の緑のコントラストが清々しくて、ハッとさせられたりします。 私もクチナシで作ってみました。 山梔子の幽けき匂い雨ぞ降る 「潦」という言葉、初めて知りました。 「水溜り」より上等な気がするのは、未知の言葉のせいですかね。 ふっと雨が上がったあと、空が写り込んだ水たまりが きれいでした。 「断片ここに」としたので、ぎゅっと水たまりに視点が 収束しています、よね。 枇杷の句、なんともおっとり、いい句だと思います。 駐車場、満車でかえって良かったじゃない、と言いたい感じ。 関係ないですが、ビワ、おいしいですよね。 街路樹の実は穫っちゃいけないんですかね〜。 ピーマンは季語ではないそうで。 夏座敷と組み合わせてくれたので、ピーマンが活きました。 赤かぶも季語じゃなく。(蕪は冬の季語) 適当な写真を送ると作るのに苦労してしまいますかね。 「滝」が夏の季語。たくましくも涼しげな句です。 返信
唐辛子は秋の季語。青唐辛子は夏の季語。青唐辛子といえば京野菜の満願寺唐辛子。ピーマンを夏の季語として扱わなかった。赤かぶは冬の季語としての蕪の範疇に入るのかもと思ったが、ただ今は夏の季節のため、季語扱いとはせず季語を他に求めた。ご容赦。 農宗さんの一句、正直自句自解されるまで、よく解らなかった。 外回りとは営業のことと。実入りなしとは水揚げがなかったこととか。 これでは枇杷が生かされていないと思われる。枇杷に焦点を搾って。 返信
>山梔子の匂ひの深し夜の雨 とさらりと作ってみては如何。 なるほど。 私は今回、「かそけし」と「雨ぞ」を使いたくて作ったというか、 まあ要するに気取って自己満してたんですが、 (そのわりに「匂ひ」の仮名使いをまたしても…) やっぱり俳句は「さらり」がいいですね! さらりとしている方がまっすぐ伝わる。 俳句でも何でも、ひとが作るもんにはその人が出ちゃいますね。 返信
>ひつじさん はじめまして、awaと申します。コメントありがとうございます。 ひつじさんの昨日の書込みは、トップページ左側の 小さい「最近のコメント」の欄からリンクしています。 ちゃんと残っていますのでご安心を! わかりにくくてごめんなさい。 返信
初めて見ました。写俳素敵ですね、うらわの俳人様 和奘です。 俳句、流石ですね!たまに覗いて見ますね。宜しく! 久々の雨でくちなしで一句 くちなしの香りを纏う雫かな 夏座敷も 足指を自由に広げ夏座敷 添削してね。 返信
うらわの俳人様、野島ではお世話になりました。 わじょうです、たまに覗いて見ますね。 写真が良いと俳句もまた格が上がります。また俳句が良いと写真もひきたつとゆうことで頑張ってくだい。 ちょっと俳句も 足指を自由に広げ夏座敷 では 返信
勝美さん、由人です。 以前、コメント送っていますが、届いていますでしょうか、別のところに送ってしまったかもしれません。 東京大仏TVの「ひねもす俳句」には送ってありますが、 たしか「甘栗」などのコメントが載っていましたので そちらに送ってしまったかもしれません。 再度送りなおした方がいいでしょうか… 返信
おはようございます。 「くちなし」物語。♪い^までは 指輪も回るほど〜♪35年位前でしょうか。大ヒットした渡哲也の歌 その時 歴史は動いた。さて「くちなし」の花とは? 悲しいかな名前知らず。花屋で購入す。 返信
勝美さんへ おはようございます。早速「ひねもす俳句」へお邪魔させていただきました。先ず圧倒的な分量の写真と俳句が載っていて、とても一度のお邪魔では頭の中で整理出来ません。 写俳は古くは俳人では岸田稚魚が知られていますね。尚、「写俳」と云う呼び名の名付け親は伊丹三樹彦。尤も写真に俳句を付けたのは三樹彦が名付ける以前からです。 僕の感想を正直に述べさせていただければ、写真と俳句が、付かず離れずの関係にあって欲しいと云うのが第一印象でした。即ち写真も俳句も共に独立した創作であることが根底にあって欲しい。何故なら写真も俳句も凭れかかり過ぎると、写真だけを鑑賞するとき、或は写真と切り離した俳句だけを鑑賞するとき、どちらも強さが薄れてしまう傾向があるからです。 このことは俳画の世界でも云えることです。 さて、はじめてお邪魔して顰蹙を買うようなコメントで大変申し訳ございません。一つのことを積み重ねてこられたご努力には只管敬意を表します。 また寄せていただきます。ありがとうございました。 返信
邦夫さま コメント有り難うございます。写真とそれに付けられた俳句との関係性はおっしゃる通りです。単なる説明でなく、写真から触発されて、新たな展開と、世界が広がるようにと考えております。 時には「なんじゃこれ」と一笑に付されるものもあるのは確かです。 今後共、ご指導願います。 返信
勝美さんへ はじめてお邪魔して釈迦に説法のようなことを申し上げ、大変失礼をいたしました。共に俳句を愛し俳句を生甲斐としていることには変わりないと思います。今後とも切磋琢磨の関係を続けたいと念じております。 返信
>くちなしの〜
季節に律儀に咲く花の香りに気付くと、
なんだか、自分もちゃんとしたいなと思っちゃいますね。
>梅雨空の〜
にわたずみは“雨が降って地上にたまったり流れたりする水”だそうです。
なるほど、水たまりこそ雨空の名残ですね。
>駐車場を〜
これだけたわわになってると車によじ上って穫りたくなりますよね。
この場合、びわドロボウより、そのまま放置して、
びわを無駄にしてしまう持ち主の方が悪だと思います。
>ピーマンの〜
遠くから蝉の声が聞こえて来そうですね。
誰も居なくて、開け放たれたままの座敷。
小学校の夏休みにプールから帰って来たときの映像が浮かびました。
>滝しぶき〜
この赤かぶ、中に思いっきりスが入っていました。
一生懸命洗って、これだときっとお百姓さんもがっかりだと思います。
びわで一句詠んでみました!
外回り枇杷は生れども実入りなし
いかがでしょうか?
梅雨入り前、クチナシの香りの中を散歩するのは最高です。
八重のクチナシもありますが、私は写真のような一重の花が好きです。
真っ白な花びらと葉の緑のコントラストが清々しくて、ハッとさせられたりします。
私もクチナシで作ってみました。
山梔子の幽けき匂い雨ぞ降る
「潦」という言葉、初めて知りました。
「水溜り」より上等な気がするのは、未知の言葉のせいですかね。
ふっと雨が上がったあと、空が写り込んだ水たまりが
きれいでした。
「断片ここに」としたので、ぎゅっと水たまりに視点が
収束しています、よね。
枇杷の句、なんともおっとり、いい句だと思います。
駐車場、満車でかえって良かったじゃない、と言いたい感じ。
関係ないですが、ビワ、おいしいですよね。
街路樹の実は穫っちゃいけないんですかね〜。
ピーマンは季語ではないそうで。
夏座敷と組み合わせてくれたので、ピーマンが活きました。
赤かぶも季語じゃなく。(蕪は冬の季語)
適当な写真を送ると作るのに苦労してしまいますかね。
「滝」が夏の季語。たくましくも涼しげな句です。
唐辛子は秋の季語。青唐辛子は夏の季語。青唐辛子といえば京野菜の満願寺唐辛子。ピーマンを夏の季語として扱わなかった。赤かぶは冬の季語としての蕪の範疇に入るのかもと思ったが、ただ今は夏の季節のため、季語扱いとはせず季語を他に求めた。ご容赦。
農宗さんの一句、正直自句自解されるまで、よく解らなかった。
外回りとは営業のことと。実入りなしとは水揚げがなかったこととか。
これでは枇杷が生かされていないと思われる。枇杷に焦点を搾って。
くちなしは雨でより濃く匂う。じゅんこさんの句はそれなりによいと思います。 山梔子の匂ひの深し夜の雨 とさらりと作ってみては如何。
俳句の輪が広がるのは嬉しくも楽しい物です。今後共よろしく。
>山梔子の匂ひの深し夜の雨 とさらりと作ってみては如何。
なるほど。
私は今回、「かそけし」と「雨ぞ」を使いたくて作ったというか、
まあ要するに気取って自己満してたんですが、
(そのわりに「匂ひ」の仮名使いをまたしても…)
やっぱり俳句は「さらり」がいいですね!
さらりとしている方がまっすぐ伝わる。
俳句でも何でも、ひとが作るもんにはその人が出ちゃいますね。
ひつじです。昨日足跡残しましたが、何処にいったのでしょうか?パソコンてさっぱり分からないです。でも無いと寂しい。依存症ですね。又遊びにきます。
>ひつじさん
はじめまして、awaと申します。コメントありがとうございます。
ひつじさんの昨日の書込みは、トップページ左側の
小さい「最近のコメント」の欄からリンクしています。
ちゃんと残っていますのでご安心を!
わかりにくくてごめんなさい。
ひつじさん コメントありがとう。「あぢさゐ」にも「吾亦紅」にも
「ひねもす」にも愛情をそそいでください。
初めて見ました。写俳素敵ですね、うらわの俳人様
和奘です。
俳句、流石ですね!たまに覗いて見ますね。宜しく!
久々の雨でくちなしで一句
くちなしの香りを纏う雫かな
夏座敷も
足指を自由に広げ夏座敷
添削してね。
あらら何処かで呼ばれてるような気がしたら、こちらでちゃちゃでしたか。あんまり何通も出しては駄目よん。川崎の俳人さん♪
うらわの俳人様、野島ではお世話になりました。
わじょうです、たまに覗いて見ますね。
写真が良いと俳句もまた格が上がります。また俳句が良いと写真もひきたつとゆうことで頑張ってくだい。
ちょっと俳句も
足指を自由に広げ夏座敷
では
すみません!何回も書いてしまいました。どうも初めてのところは分からなくて!消してくださいませ。
あーひつじさんだ!
お早うございます、川崎の俳人さん、ひつじさん、徐々にでも仲間の輪が広がってゆくのは嬉しいものです。これからもご贔屓に。
勝美さん、由人です。
以前、コメント送っていますが、届いていますでしょうか、別のところに送ってしまったかもしれません。
東京大仏TVの「ひねもす俳句」には送ってありますが、
たしか「甘栗」などのコメントが載っていましたので
そちらに送ってしまったかもしれません。
再度送りなおした方がいいでしょうか…
由人さま、「深まりゆく秋」にコメント有り難うございました。
未熟なわたくしめの作品をお目に止めていただき恐縮です。
まーそういう訳ですので、今後ともよろしくおつき合い願います。
おはようございます。
「くちなし」物語。♪い^までは 指輪も回るほど〜♪35年位前でしょうか。大ヒットした渡哲也の歌 その時 歴史は動いた。さて「くちなし」の花とは?
悲しいかな名前知らず。花屋で購入す。
勝美さんへ
おはようございます。早速「ひねもす俳句」へお邪魔させていただきました。先ず圧倒的な分量の写真と俳句が載っていて、とても一度のお邪魔では頭の中で整理出来ません。
写俳は古くは俳人では岸田稚魚が知られていますね。尚、「写俳」と云う呼び名の名付け親は伊丹三樹彦。尤も写真に俳句を付けたのは三樹彦が名付ける以前からです。
僕の感想を正直に述べさせていただければ、写真と俳句が、付かず離れずの関係にあって欲しいと云うのが第一印象でした。即ち写真も俳句も共に独立した創作であることが根底にあって欲しい。何故なら写真も俳句も凭れかかり過ぎると、写真だけを鑑賞するとき、或は写真と切り離した俳句だけを鑑賞するとき、どちらも強さが薄れてしまう傾向があるからです。
このことは俳画の世界でも云えることです。
さて、はじめてお邪魔して顰蹙を買うようなコメントで大変申し訳ございません。一つのことを積み重ねてこられたご努力には只管敬意を表します。
また寄せていただきます。ありがとうございました。
邦夫さま コメント有り難うございます。写真とそれに付けられた俳句との関係性はおっしゃる通りです。単なる説明でなく、写真から触発されて、新たな展開と、世界が広がるようにと考えております。
時には「なんじゃこれ」と一笑に付されるものもあるのは確かです。
今後共、ご指導願います。
勝美さんへ
はじめてお邪魔して釈迦に説法のようなことを申し上げ、大変失礼をいたしました。共に俳句を愛し俳句を生甲斐としていることには変わりないと思います。今後とも切磋琢磨の関係を続けたいと念じております。
写真とそれに付ける俳句とは、いわば異種格闘技と思っています。
ただ、まず写真ありきということで、俳句は後出しじゃんけんみたいと
いえるのかも。