ひねもす俳句:静岡あれこれ 2026年3月25日2026年3月26日 pure2 ひねもす俳句 神木の大楠母の日の母ぞ /勝美 風流や土筆小流れ見てをりぬ /勝美 徳川の往時偲ぶや桜咲く /勝美 水温む水難救助にはあらず /勝美 割箸の組み木細工や春館 /勝美
タイトル「静岡あれこれ」の仔細はともあれ静岡関係でのひねもす。最初は大楠。来宮神社。コンクリで補強してあったり痛々しい大楠。雨上がりの早朝ではあったが観光客は多い。根はどっしりしてあたかも母のイメージとダブる。母の日には母に感謝の念を捧げないわけにはいかない。ともすれば満身創痍でも腰を落ち着けている母。 次は土筆。小鹿公園の池へそそぐ小流れ。川辺に頭を並べている様は水の流れを鑑賞でもしているよう。平和な一と時。次は駿府城公園のジンダイアケボノ。これぞ春の情景。徳川の時代を知るや知らぬや桜は咲く。時代の空気は今を流れている。次は駿府城の濠割。観光客を乗せて小舟がゆったりと巡っている。平和な時代ということか。最後は日本平の夢テラス。隈研吾の設計とか。材木がここにもふんだんに使用されている。割箸細工みたいで朽ちるのは早いのではないかと心配する。最終日は熱海から踊り子号で家路へ。それにしても熱海は当たり前だが人人人。その中で人の少ないビルを見つけのんびりできたのは上々だった。 返信
春の静岡プチ旅、おつかれさまでした。 無事旅程を敢行できてホッとしました。 神木の大楠母の日の母ぞ /勝美 大楠から母への転換はやられたな、と思った。 私の句は陳腐で凡庸だ。 大楠を廻り長寿を祈る春 帰りの電車の待ち時間を自分の作句(インスタントだけど)に充てたのは我ながらナイスアイデア!! 風流や土筆小流れ見てをりぬ /勝美 「ぬ」は否定じゃなく、完了の助動詞「ぬ」ですね。 めんどくさ!けど、「見ているよ」じゃあ童謡になっちゃうか。 それはそうと、この場所は風もゆるみ暖かな陽射しで春そのものでしたね。 徳川の往時偲ぶや桜咲く /勝美 ジンダイアケボノの原木は神代植物園にあるそうです。 1991年に栽培品種として誕生したので、徳川の時代は知らない桜。 だけどソメイヨシノより一足先にお濠を彩って、いいお役目与えられていましたね。 水温む水難救助にはあらず /勝美 駿府城公園は、早朝はラジオ体操をする人がわらわらとやってくる場所。 ご近所にこんな場所があるのは、ちょっと誇らしい気持ちになるんじゃないかな? 割箸の組み木細工や春館 /勝美 これは、写真なくても通じる句? それはさておき、隈研吾。どうなんだろう?あちこちのハコモノを手掛けてますが… ここは令和元年あたりに建てられたらしい。どうなりますやら。 返信
おはよう。お世話になりました。わがままな爺さんで気に食わなかったと思います。お許しあれ。 最終日の閑散としたビルは穴場(?)むしろ嬉しかった。屋上も日当たりよくのんびりできて幸いだった。俳句はいきあたりばったりで今ひとつという感じかねえ。コメント返ししてくれてありがとう。これからもよしなにね。 返信
こんにちは、早速感想ですが、 「神木の大楠母の日の母ぞ」 あわさんと同じく、参った!ですね 母の言葉を二回繰り返しての強調と下五の「ぞ」の断定で母の強さを感じます(初心者の自分がこれをすると失敗します…) コメントにあった満身創痍の楠木、、を読み、 浅田次郎の小説の一節を思い出していました 「、、母という名を負い持ちて いとねんごろに看護する、、」(婦人従軍歌) つぎは、 「風流や土筆小流れ見てをりぬ」 土筆はそこにいるだけでも可愛いのに、小川を見ている!と言うのですから、たまらない可愛らしさが出ています。 今回は、両極端な二つの表現を、勉強させていただきました。 返信
タイトル「静岡あれこれ」の仔細はともあれ静岡関係でのひねもす。最初は大楠。来宮神社。コンクリで補強してあったり痛々しい大楠。雨上がりの早朝ではあったが観光客は多い。根はどっしりしてあたかも母のイメージとダブる。母の日には母に感謝の念を捧げないわけにはいかない。ともすれば満身創痍でも腰を落ち着けている母。
次は土筆。小鹿公園の池へそそぐ小流れ。川辺に頭を並べている様は水の流れを鑑賞でもしているよう。平和な一と時。次は駿府城公園のジンダイアケボノ。これぞ春の情景。徳川の時代を知るや知らぬや桜は咲く。時代の空気は今を流れている。次は駿府城の濠割。観光客を乗せて小舟がゆったりと巡っている。平和な時代ということか。最後は日本平の夢テラス。隈研吾の設計とか。材木がここにもふんだんに使用されている。割箸細工みたいで朽ちるのは早いのではないかと心配する。最終日は熱海から踊り子号で家路へ。それにしても熱海は当たり前だが人人人。その中で人の少ないビルを見つけのんびりできたのは上々だった。
春の静岡プチ旅、おつかれさまでした。
無事旅程を敢行できてホッとしました。
神木の大楠母の日の母ぞ /勝美
大楠から母への転換はやられたな、と思った。
私の句は陳腐で凡庸だ。
大楠を廻り長寿を祈る春
帰りの電車の待ち時間を自分の作句(インスタントだけど)に充てたのは我ながらナイスアイデア!!
風流や土筆小流れ見てをりぬ /勝美
「ぬ」は否定じゃなく、完了の助動詞「ぬ」ですね。
めんどくさ!けど、「見ているよ」じゃあ童謡になっちゃうか。
それはそうと、この場所は風もゆるみ暖かな陽射しで春そのものでしたね。
徳川の往時偲ぶや桜咲く /勝美
ジンダイアケボノの原木は神代植物園にあるそうです。
1991年に栽培品種として誕生したので、徳川の時代は知らない桜。
だけどソメイヨシノより一足先にお濠を彩って、いいお役目与えられていましたね。
水温む水難救助にはあらず /勝美
駿府城公園は、早朝はラジオ体操をする人がわらわらとやってくる場所。
ご近所にこんな場所があるのは、ちょっと誇らしい気持ちになるんじゃないかな?
割箸の組み木細工や春館 /勝美
これは、写真なくても通じる句?
それはさておき、隈研吾。どうなんだろう?あちこちのハコモノを手掛けてますが…
ここは令和元年あたりに建てられたらしい。どうなりますやら。
おはよう。お世話になりました。わがままな爺さんで気に食わなかったと思います。お許しあれ。
最終日の閑散としたビルは穴場(?)むしろ嬉しかった。屋上も日当たりよくのんびりできて幸いだった。俳句はいきあたりばったりで今ひとつという感じかねえ。コメント返ししてくれてありがとう。これからもよしなにね。
こんにちは、早速感想ですが、
「神木の大楠母の日の母ぞ」
あわさんと同じく、参った!ですね
母の言葉を二回繰り返しての強調と下五の「ぞ」の断定で母の強さを感じます(初心者の自分がこれをすると失敗します…)
コメントにあった満身創痍の楠木、、を読み、
浅田次郎の小説の一節を思い出していました
「、、母という名を負い持ちて いとねんごろに看護する、、」(婦人従軍歌)
つぎは、
「風流や土筆小流れ見てをりぬ」
土筆はそこにいるだけでも可愛いのに、小川を見ている!と言うのですから、たまらない可愛らしさが出ています。
今回は、両極端な二つの表現を、勉強させていただきました。
ひろみさんへ
早速お立ち寄り下さってありがとうございます。
そして愚作から何かと勉強されているのには頭下がる思いです。
これからもよしなに、引き続いてのお喋り大歓迎です。